言いたい事なんて何ひとつ言いたい

日常の思った事をダダ漏れ書き。

猫の手ほど借りたいものはない。

父親が死んで何年かたつ。


助からないと聞かされた時が、1番辛かった。

助からない命の自分の肉親と、

命が尽きる時まで、一緒に暮らす。


全然、カッコつけられない。

本当にきつかった。

ただただ、きつかった。


今でも、父親の事を思い出すと、泣いてしまう。今これを書いてる最中でさえ、涙が溢れてくる。


私の父親は、本当に厳しく、怖かった。

よく殴られて、台所の端っこまでふっとばされた。

門限もあり、外泊は勿論禁止。

高校生になってからは、実はライブに行く事も禁止されていた。

でも、毎日行ってた。

1回、制服でライブに行くのがどうしても嫌で、666で買ったガーゼシャツを

ライブ行く前にそれに着替えてライブに行き、そのガーゼシャツのまんま帰宅したら、

仁王様のように、私の父親が玄関に立っており、そのまま胸ぐらつかまれて、どかーんと投げられた。

運悪くガラスに突っ込んでしまい、景気良く流血し、ガーゼシャツは血塗れになった。

血塗れになったガーゼシャツは、あれ?カッコ良くね?と、凄い気にいって着てたのだけど、ある日捨てられてしまった。


事ある毎に殴られるので、(まあ、私が悪いんだけども。)

ある日、門限までに帰れなく、帰るのが恐ろしくなり、そのまま帰らなかった。

そのまま1週間家に帰らず、高円寺の知り合いや友達のうちを転々とした。

ある日は弟が、迎えにきて、

またある日は、母が迎えに来たが、 

これ以上殴られるのは嫌だ。私は犬じゃない。と言って、帰るのを断固拒否した。

そしたら、絶対殴られないようにするから。

と、母が言うので、 お金も底をついてたし、帰ることにしたら、

帰宅早々殴られた。

その時に、

「もう、俺はお前を殴らないからな?あとは自分で考えて行動しろ!」

と、言われたが、やはり、その後も、殴られた。(まあ、本当に私がわるいのだが。)


凄い怖い父親だったけど、一緒に長い時間いるのは嫌だったけど、

憎くて嫌いとかは思ってなかった。


最後、父親の癌が、もう末期で、日に日に弱っていく様に、家族は限界で、

私が、その限界の最中にキレて、なんでキレたかはわからないが、キレまくって怒鳴りちらしてたら、父親に殴られそうになった。

殴られそうになったので、瞬間的に避けたら、避けた手が父親を押す形になり、全然力を加えてないのに、父親が倒れた。

もう、父親には、私を抑える力は残ってなかった。

もう、私の力の方が強かったのだ。(まあ、私は人よりかは力は強い方なのだが)

あの時の父親の顔は、一生忘れられないだろう。


なんか、急に思い出しちゃった。

バレンタインデーだから。

父親はチョコレートが大好きだったから。


前から、バレンタインデーにチョコを送るというのが、なんか世間にのせられてるみたいで嫌いだったから、興味なかったんだけど、

父親のチョコレートは、ちゃんと父親の好きなチョコレートを買ってた。

GODIVAとかね。


父親が居なくなったから、バレンタインも私の中では無くなった。


チョコなんて、好きな時に好きなだけ食いやがれ。

そして、食いすぎて、夜中にお喉が渇いて、お水をガブガブ飲めば良いのさ。



とかね。

ちょっと今日の日記は重いな。



すみません。

ありがとう。




おわり。